「AIが仕事を奪う」論争は的外れ
技術転換の本質と役割の再定義(2026.02.23)
「AIが仕事を奪う」論争は的外れ
技術転換の本質と役割の再定義(2026.02.23)
「AIに仕事を奪われる」という言い方が定着して久しいです。
メディアで出てくる専門家は「この仕事は奪われる」などの論争を繰り返し、企業は対策を急ぎ、現場は不安を抱えます。
しかし私はこの問いの立て方自体に、ずっと違和感を持ち続けています。
奪う・奪わないという二項対立は、今起きていることの本質を捉えきれていないと考えるからです。
わかりやすくするために1990年代以降のIT技術の変遷を一本の軸で整理してみます。
インターネットは、物理的な距離に依存した通信を瞬時の電子的な通信に置き換えました。
スマートフォンは、限られた場所にあったコンピューターを全員の手の中に届けました。
クラウドは、自前で用意し所有していたコンピュータを、必要に応じて借りる形に変えました。
いずれも大きな変化です。
ただ共通しているのは、「手段が変わった」という点です。
速く・広く・効率的にはなったのですが、変わっていない部分があります。例えば、判断、設計、責任などでこれらは当然人間の役割でした。
AIはここが根本的に違います。
生成AIは、自律的な側面を持ちながら一定の判断結果を出力し、それに基づいて調査して設計案を出し、コード等を生成します。
ロボティクスでは運転、搬送、その他人間が行なっていた作業を自動的に行います。
AIエージェントは目標を与えられると、ツールやシステムを自律的に操作しながらプロセス全体を実行します。
これらは「手段の高速化/効率化」ではなく、「人間がやっていた思考から行為まで」が機械に移り始めた変化といえます。
行為が機械に移るという変化は、産業革命にも先例があります。
もちろん似通った部分や濃淡で一概に言えない部分もありますが、一体AIは何が大きく違うのか。
決定的な差は、「制御の限界」が同時に生じている点です。
AIの内部は複雑なパラメータ空間で構成されており、作った本人ですら結果に至る内部の挙動を完全には読めません。
従来のルールベースシステムのように「仕様=挙動」として制御することができないのです。
もちろん一定の結果等の評価はできますが、完全に制御はできません。
例えば産業革命の機械は、設計通りに動きました。
だからこそ人間は明確に設計者・監督を立てましたが、AIはそう単純ではありません。
知的作業の一部への代替が進みながらも、その挙動を完全には制御できないのです。
この二つが重なることで、従来のITとも、かつての機械化とも異なる問題が生まれます。
この視点から「仕事を奪う論争」を見直すと、問い自体のズレが見えてきます。
人間の感覚・経験・文脈判断に根ざした領域は残りますが、責任を引き受けるのもその境界を設計するのも依然として人間です。
AIがなかった時代に人間がやっていたことの一部がAIに移ることで、人間がやるべきこと・やれることの定義が書き換わります。
これは企業レベルでも社会レベルでも、人・予算・役割の配置が再編されますし個人レベルでも起こり得ます。
こうして考えてみると、起きているのは仕事の奪い合いが本質ではなく、役割の再定義と再配置になります。
ただしこれは、自動的に起きるわけではありませんし、何をAIに任せ、何を人間が担うか。誰が監督し、誰が責任を引き受けるか。その境界をどう引くか。
これらの適切な設計がなければ、再配置ではなく混乱や喪失になりえます。
AIはこれまでの道具の進化とは異なります。
人間と機械(コンピュータ)のあいだで、役割の再配置が起きているのです。
だからこそ、技術をどう使うかと同じくらい(あるいはそれ以上に)「誰が何に責任を持つか」の設計が問われます。
その問いから逃げたまま導入を進めることが、企業にとっても社会にとっても最大のリスクになりえる時代に、私たちはいます。